逢うも逢わぬも

    眠気のなかで

2021.11.13 キタからミナミ、そして、キタ

 そうして、私は京都から大阪に向かった。

 京阪三条駅から北浜駅まで行くことができるというのは、関東出身の者からすると、ちょっと信じられないようなところがある。2つの大きな都市が地下鉄と地下鉄で繋がっているというのが感覚として掴めない。東京メトロ日比谷駅で列車に乗って、中目黒で乗り換えて、みなとみらい線元町・中華街駅に行くようなものなのかもしれないが、それにしても、つい先程まで鴨川を見下ろすような場所で朝食をとったのに、少しぼんやりした間に、北浜駅に到着し、ビルや近代建築が立ち並んでいる間の広い道を歩いている。どういうことなのかと思う。

 京阪三条から北浜駅までは、君島大空の曲とホームカミングスの曲を聴いていて、晩秋の光が差し込む車内で、見知らぬ土地を眺めながら、ああいった音楽を聞くのはまったく悪くない。いくらか柔らかで、でも、柔すぎるということはなく、中心のところでは、透明の硬質なものを抱えている。

 北浜駅で降りたのは、連絡をしていた不動産屋の店舗があるからで、あらかじめメールでやりとりしていた。部屋を4つほど見せてもらう。最後に一人暮らしをしてからも20年以上過ぎている私からすると、どれも設備が整っていて綺麗に見えるが、その中でも、もっとも明るい部屋を選ぶ。

 そう思うのはある意味失礼な話ではあるが、不動産屋は、恐れていたほどには多弁ではなく、時折、無言になることもあって、私としてはすごく助かる。「ここらへんに浜ちゃんが来たりするんですよ」だとか「東野が歩いてみるの見ましたよ」だとか、そうした会話もあるにはあるのだけれど、それも共通の話題を探して、ということであることは、十分に感じ取れる。不動産屋の店舗に戻る。申込書を記載するのかと思っていたら、メールを送るので、そこにあるサイトに必要事項を入力して欲しいと言われる。私はタブレットを取り出し、入力をする。そういえば、内覧もネットを通じて行うこともあって、だから、お客に合うのは鍵を渡すときだけということもあると、不動産屋は述べていた。20年ぶりの契約ということだけある。ずいぶんと歳をとった。

 手続を済ますと、やることがなくなってしまう。何をしようかと考えても思いつかないし、あいかわらず行きたいところも分からない。万博公園伊丹空港の近くにあるので、翌日行く予定だった。堺市にある百舌鳥古墳群に行きたいとは思うが、それには時間が足りない。こうして、柴崎友香の影響にほかならないのだが、JR環状線を一周してみることにした。

f:id:cookingalone:20211204212216j:plain

 呆れるほどに長い天神橋商店街をずっと歩く。ちんどん屋がおり落語をやっている。そこに大阪を見いだせるかと言われれば、どうも違うような気がして、それよりもむしろ、天神橋駅前のごちゃごちゃした街並のほうが大阪なのではないかと思う。高架橋の下の大きな自転車屋を見て、或いは、高架橋の下の廃店舗だと思われた飲食店の中から生演奏の「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」が聞こえてきて、そう思った。もっとも、こういうときに、知らんけど、と大阪の人は付け加えるのかもしれない。

 JR環状線は山手線というよりも、昔の京浜東北線や中央線を思わせて、座席が横並びになっていることを除けば、すんなりといく。2人の老女が親戚のことをほそぼそと話している。柔らかで切れ目のない会話の合間に鶴橋という言葉が聞こえてきて、どうしようかと思う。そういう感じでもないだろう。そのまま乗り続けていると、天王寺駅で終点になる。

 乗り換えようと思ったところで、先ほどの不動産屋の言葉を思い出す。私が「大阪の「北」と「南」って、どういう分類なのですか」と訪ねたのに対し、「キタは上品な感じで、ミナミはコテコテですわ」を言っていた。「北」ではなく「キタ」で「南」ではなく「ミナミ」。イメージとして「コテコテ」というのは分からなくはないのだが、具体的なところが分からない。だから、1周するのは止めて、「コテコテ」だというミナミの天王寺駅で降りてみる。

 天神橋駅と天王寺駅とでは、むしろ、天王寺駅のほうがすっきりとしていて、ますますよく分からなくなる。だいたい、思いつきで降りてみたものの、「コテコテ」をどうやって私は確認しようとしていたのか。まあ、いいか。歩き始める。

f:id:cookingalone:20211204212329j:plain

 天王寺駅から通天閣が見えたので、そのまま通天閣に向かって歩いていく。天王寺動物園大阪市立美術館を通り過ぎる。私の中では、なんとなく上野公園を感じさせる佇まいがある。「コテコテ」とは、もしかしたら、東京の台東区や北区やといったもののイメージに近いのかもしれないと思いつくが、それにしても、私が台東区や北区の何を知っていたというのだろうか。そのまま通天閣の真下を通り過ぎる。そうしてしまうと、もう目指すものはなくなってしまい、これもまた柴崎友香の影響に他ならないのだが、そのまま心斎橋に向かうしかないような気分になる。それくらいしか分からない。まっすぐの道をずっと歩いていく。やがて心斎橋に至り、大丸の中に入ってみる。私はよく分からないというか、そもそも百貨店が好きではないことを思い出して、すぐに通り過ぎてしまう。残念ながら素養がない。心斎橋で地下鉄に乗る。

 こうしてホテルの最寄り駅の北浜の駅で降りる。午後4時過ぎになっている。そういうものかもしれないが、全く関係のない土地なのに、北浜に戻ってくると、不思議とほっとした。キタからミナミ、そして、キタ。

 そういえば、大阪では、歩いていると、飴をくれる人がいると聞いたことがある。ずいぶんと歩いたのに、誰も私に飴をくれようとしなかった。そういうものかもしれないと思う。

袖の汀

袖の汀

Amazon
縫層

縫層

Amazon