逢うも逢わぬも

    眠気のなかで

2021.12.30/2022.1.29 親子丼とコーヒーと鯖寿司


www.youtube.com

 京都にやってきたのは、年末年始休みにかけて以来のことだった。

 12月30日には、家族で下鴨神社から鴨川沿いを歩いて、一乗寺駅に向かうところで曲がり、まるさか洋食堂で昼食をとった。目当てにしていたわけではなく、通りかかり、良さそうな店だと思ったが、実際、そのとおりだった。私と妻はフライの盛り合わせを頼み、娘はイベリコ豚のソテーを頼む。エビフライに添えられたタルタルソースは、濃い卵の味を残していて、実に美味しく、だから、娘に勧めるが、「いらない」の一言で済まされる。

 食べ終えると、恵文社一乗寺店に家族で入り、本を買い込んだ。ひとまずの予定がなくなり、妻が鍵善良房の栗ぜんざいを食べたいと言った。嫌な予感もしたが、祇園四条駅まで行って、店の扉を開くと、とてもではないような混雑具合だった。直ちに諦め、花見小路を通り抜けて、東に曲がり、ふたたび北に曲がり、菊しんコーヒーという狭い喫茶店でコーヒーとレモンアイスクリームを食べた。娘は、いつものように不機嫌な顔をしながら、あたたかいミルクを飲み、買ったばかりの『少女マンガのブサイク女子考』を読み続けていた。

 家族で旅行をする時は、私は早く歩きすぎてしまい、妻と娘が私に着いてくる。横に並んで歩くべきなのかもしれないと思うこともあるが、結局、私が先に歩いて、娘と妻が着いてくるというほうが良いのだと結論する。結局、どんなに気負ったところで、私は娘に背中を見せることしかできない。

 1月29日、京都に行ったのは、京都国立近代美術館岸田劉生展を見たいと思ったからだった。1ヶ月前とは異なり、私一人だった。10時すぎに起きて、大阪メトロの地下鉄に乗り込む。淡路駅で特急に乗り換える。大阪の地下鉄駅で列車に乗り込んだにもかかわらず、京都の京都河原町駅に到着するという事態が未だによく理解できない。乗りながら、どこが大阪と京都の境なのだろうと考えるが、残念ながら、その結論を出すまでには至っていない。

 京阪三条駅で降りた時には、少し寒いと思ったけれど、地上に出ると、それは錯覚だったということに気づいた。もう昼前になっていて、だから、展覧会を見る前に食事を済ませてしまおうと考える。とり新という店で親子丼を食べる。山椒をかけ、京都の親子丼だな、と思う。まだ妻と娘と一緒に京都の親子丼を食べていないことに気づく。店を出て、そのまま用水路沿いを歩いて、美術館に向かう。鴨に餌を撒いている男がいる。用水路沿いは、森閑として、冬だというのに、冷えた空気は柔らかく、関東とも大阪とも違う。

 東京国立近代美術館には、岸田劉生の「道路と土手と坂」がずっと展示されていて、だから、知らぬ間に馴染みの作家のように感じていたものの、実際のところ、何も知らないに等しい。だから、展覧会があると聞いてやってきたのだけれど、作家の生涯を追うよりも前に、京都で見ると、藤沢や茅ヶ崎や平塚といった東海道沿線の街のことを思う。「ああ、これは、関東の風景だ」と思う。鵠沼で療養中に描いたという風景画を見て、ひどく懐かしい。平塚の駅前の鰻屋はまだあるのだろうか。茅ヶ崎の海岸沿いの台湾料理屋はどうなったのだろうか。10年以上前の景色を思い浮かべ、しばらく関東のことを考えたこともなかったというのに、そう感じた自分に驚く。

 美術館を出て、手元の本が心もとなくなってきたことを思い出し、そのまま誠光社に行こうかと考える。歩いていると、コーヒーが飲みたくなってくる。通り沿いに「かしや」という店があり。コーヒーとカカオとカルダモンというデザートを頼む。今まで食べたことがないような独特なものだった。娘が食べたら、どんな顔をするだろう。

 誠光社で本を見繕うが、結局、読みたいものは2冊しか見つからない。これでは足りなくなると思う。バスに乗って、恵文社一乗寺店までいき、4冊買う。その頃にはもう夕方になっていて、面倒だから京都で夕食をとって帰ることにする。鴨川沿いを歩いて出町柳の満寿形屋に行ってみようと思う。九条ネギのうどんと鯖寿司のセットを食べてみたいと思っていた。歩きながら、1ヶ月前は逆に、下鴨神社から一乗寺駅まで歩いたのだったと思い出す。あの時には、妻がおり娘がいたな、と考える。今は、誰も私の背中を追うことはない。しかし、あの時と同じように、鴨川沿いには、ジョギングをする人やただ座り込んで川の流れを見ている人がいる。相変わらず、鴨が浮かんでいる。

 満寿形屋に着くと、売り切れで今日は閉店との札が出ている。そういう店だと聞いていたが、そういう店だった。それにしても、どうしようか。結局、京都のことがよく分からない私は、ふたばで名物だという豆餅を並んで買って、バスに乗り、京都河原町までいく。そして、乙羽すしにいって、蒸し寿司と鯖寿司を食べる。京都の親子丼と鯖寿司は関東では食べられない。いつか懐かしく思い出すことがあるのだろうか。そう思いながら、大阪に帰る。