逢うも逢わぬも

    眠気のなかで

2022.03.05 せやな

 午前10時30分過ぎに目を覚ましたのは、横浜にいる妻から電話があったからで、唐突に横浜から電話があると、やはり不安な気持ちになる。何もなければ、そんな時間に連絡は来ない。とはいえ、いつもと同じように、不安は杞憂に終わる。

 そういえば、2週間前の日曜日の朝、娘から電話があった時もまた、電車に乗って、自由が丘にある英語の塾に行こうとしたところ、お金を持っておらず、PASMOのチャージもなくなってしまった、妻の電話は充電が切れているようだ、どうしたら、駅を出れるのか、という連絡だった。家にいれば、すぐに行ってあげられるのだけれど、そういうわけにもいかないので、駅員の人に事情を話して、いったん改札を出るように伝え、その後、出かけていた妻にLINEで連絡をして、塾が終わる時間に迎えに行ってもらうように伝える。

 今日の電話もまた、ある意味、それほど緊急を要するものではなく、私たちの生活の平穏が乱されるというわけではない。電話が終わると、「ああ、もうこんな時間か…」と思いながら、コーヒーを入れる。外からは、休日の午前中のうららかな光が差し込んでいる。

 遅くに起きたものだから、あっという間に午前中は終わってしまう。何もしていないのに等しいのにお腹だけは減っていて、どうしようかと考え、あの、限界のフランス料理店のランチにすることに決める。実は、先週も訪れていたのだけれど、満席で入れなかった。向かいにある麻婆豆腐のお店で天津飯を食べた。

 フランス料理店のドアを開くと、一瞬じっと見られて「どうぞ」と言われる。カウンター席に座り、今回もまた、魚料理を頼む。隣の席には、初老の男性が座っている。コック帽をかぶった店主は、手を動かしながら、「今日は、なにするの?」と尋ねる。初老の男性は「今日はもう、何もせえへん。午前中、サウナ、行ったから。」と返す。

 料理は手早く作られ出される。正直、マグロのステーキ、バルサミコソースと言われて、それほど期待していたわけではないのだけれど、マグロは半生にちょうどいい具合に火を通されていて、バルサミコソースの酸味と甘味もバランスも絶妙と言わざるを得ない。この店、何なんだろうと思いながら、フォークとナイフを動かす。コック帽をかぶった店主が「今日はマグロ完売やねん」と私の隣の初老の男性に声をかける。私は「ラッキー」と声には出さずに内心でひとりごちる。初老の男性は「言うことなしやん」と返すと、店主は「せやな」という。

 茹でじゃがいもを口に運ぼうとしていると、初老の男性が「日本は平和やな」という。「ちょっと考えられないほど、平和ですわ」と繰り返す。店主はふたたび「せやな」という。初老の男性は「ごちそうさま。また来るわ。」と述べて、席を立つ。