逢うも逢わぬも

    眠気のなかで

2021.12.10 肉すいとうたたね

 大阪に到着した日には、大阪らしいものを食べたいと考えたけれど、たこ焼きで夕食というわけにもいかないし、コミュニケーションも込みであるという、お好み焼きは億劫だった。それ以外に何が大阪らしいものなのかが分からない。

 話はずれるが、モロッコマラケシュに1週間ほど滞在したことがあるが、モロッコ人は、毎日、クスクスやタジン鍋料理を食べているわけではないようだ。混み合っている安い料理屋を覗いてみると、客がトマト味の豆のシチュウというかスープとフランスパンの組み合わせに人気があることが窺え、当時の貨幣価値で120円ほどだった。私もそのメニュウを頼み、美味しくはないが、まずくもなかったので、何度か通った。そういえば、マラケシュを去る頃、客に声をかけられ、「お前は賢い。旅行者が食べているものは馬鹿みたいに高い。」と言われて、気を良くした。しかし、ホテルのチェックアウトの際、警備員に騙されて2千円余計に払わされたことを思い出す。もっとも、それはまた別の話になる。

 大阪に話をもどす。「大阪らしい」といっても、商店街を見ていると、モロッコ人のクスクスやタジン鍋料理と同じく、街の人は餃子の王将やラーメン屋に並んでいるのをよく見かけ、たこ焼きやお好み焼きに並んでいるというわけではない。もちろん、お好み焼きやたこ焼きを売っている店は多いが、かといって、常にそうしたものを食べているわけではない。

 しかし、そうなると、「大阪らしい」とは何かという問題は解決がつかず、私は困ってしまう。仕方がないので、グーグルマップで料理屋を適当に探す。すると、興味を惹かれた定食屋があった。そして、そこには「肉すい」という料理があるという。私が求めていたものは、こういったものなのではないか。その定食屋にいくことに決めた。

 定食屋は、私と同じくらいか、より歳をとった人がぽつりぽつりと座って、黙って食事をしている。がらんとした店内では、夕方のニュースが流れている。テーブルに座り、肉すい定食とだし巻き卵を頼む。

 しばらくすると、勝手口から高齢の女性が入ってきた。無言のままエプロンを身につけはじめる。店員のようだ。しばらくテレビのニュースに目をやっていたのだが、どうにも視線を感じる。おばあさんがエプロンをしながら、私のことをじっと見ているのではないか。

 落ち着かなくなって、ちらりとそちらを窺うと、おばあさんは、私のほうに顔を向けながら目を閉じ、ほとんど止まっているかのような速度でエプロンを巻いている途中だった。私は、これまで生きてきたところ、あれほどゆっくりとエプロンを身に着けている人間を見たことがない。永遠かと思われるような時間が過ぎて、おばあさんがようやくエプロンをつけ終わると、席に座り、テレビのほうに頬杖を付きながら顔を上げている。様子を覗っていると、そのうちにうたた寝をはじめてしまう。確かに、眠気を誘うような静けさだ。

 肉すいは、「肉うどんのうどん抜き」という表現もあるのかもしれないが、私は、どちらかといえば、韓国料理のテールスープとの近さを感じた。牛肉と豆腐と卵が入った白色のスープ。とても美味しい。6月の雨のような優しい味がする。うたた寝を誘うようなところもある。

 こうして満足して食べ終えて立ち上がり、会計をお願いしようと声を上げようとしたところで、まだウトウトとしていた、おばあさんがはっと立ち上がり、「1380円になります!おおきに!」とハキハキとした声を上げ、私は唖然とした。